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60年ぶりの山中湖 |
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2004年08月03日 |
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| | 7月24日(土)25日(日)の2日間、山中湖畔平野の田村邸別館、パルコ・デル・チェロで鈴木道子(vo)渡 | |
| | 辺文男トリオ、それに僕が加わってライブがありました。 | |
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| | 60年前の昭和20年(終戦の年)の3月10日までQ.いしかわは暁星小学校の6年生で山中湖に学童疎開してい | |
| | ました。総勢15人でどなたかの別荘に疎開していたのですが、その場所が田村邸のすぐそばでまだその建物が残っ | |
| | ていたのです。田村邸のご主人のお祖父様がいらっしゃった田村さんのお家には僕たちは大変お世話になっていまし | |
| | た。 | |
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| | 僕の記憶は定かでないのですが前の年の12月にクリスマスパーティも開いてくれたとそのころの友人が教えてくれ | |
| | ました。そのころの情勢はそんなことが知れたら大変なことになったと思うのですが、田村さんのご主人と奥様は子 | |
| | 供達にそんなことをしてくださったのです。なんと勇気のあるリベラルな方だったのだろうと今思うと感無量です。 | |
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| | ライブの初日、そのころの悪ガキが今では立派なおじいちゃんになって3人来てくれました。その別荘が残っている | |
| | よというので次の日田村さんの犬を散歩させながらその建物を見てきました。もう荒れ果てていて周りの木々も伸び | |
| | 放題で写真も撮れないほどでしたが玄関やトイレの会った場所、裏口、僕らが寝ていた2階の窓が60年前の時をし | |
| | ばらく忘れさせてくれてとても感激しました。 | |
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| | あれからすぐ空襲が激しくなり(帰った日の未明の空襲もすごいものでした)やがて終戦を迎え日本は180度転換 | |
| | して自由な世の中に変わっていきました。鬼畜米英と言っていたアメリカの音楽を演奏するようになって今に至って | |
| | いるのです。60年は長いような短いような年月でした。 | |
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| | 次の25日のライブにはその時の田村さんのお子さんつまり今の田村邸のご主人のお父様も挨拶をしてくださいまし | |
| | た。今80歳になられたそうです。そのころは山中湖にはおいでにならず戦争に行くために新潟に行って訓練中に終 | |
| | 戦になったそうです。 | |
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| | 60年後の山中湖ライブ沢山のお客さんで盛り上がったことをお伝えしておきます。 | |
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| | 上の写真はうっそうとした木々の中にたたずむ疎開をしていた別荘。 | |
| | お互いに年をとったものです。 | |
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| | 下の写真は60年前にお世話になっ田村さんの息子さん。 | |
| | 今の田村邸ご主人の父上。 | |
| | 横にライブをしたパルコ・デル・チェロのママ(今のご主人の奥様)。 | |
| | 後に新宿DUGのマスターの中平さん、ピアノの元岡一英、ベースの小杉敏。 | |
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